宙組のシェイクスピアはいいぞ

今話題の「ガ○パンはいいぞ」に乗ってみた。
本題。現在東京宝塚劇場で上演中の宙組Shakespeare〜空に満つるは尽きせぬ言の葉」は大変よい。
素晴らしい。
宝塚を良く知らないけど、シェイクスピアは知っている、演劇は大好きだ、という人に勧めたい。
物語はかの有名なシェイクスピアの18歳から24歳までの6年間の話。シェイクスピアには謎がたくさんあって、実は複数の人の筆名だとかいろいろ説がありますが、この謎な隙間を彼の戯曲と重ね合わせるようにして創作し、構成されています。
重ね合わせ方も見事ですが、何よりこの「何を求めて創作するのか」「何もかもを失っても創作するとは何か」「演劇に魅せられてゆくのはなぜか」というある意味根源的な不思議について胸を突かれる思いがしました…

…うわあああ、何このつまらない文章!!!
私の言いたいことが何一つ書かれてません!!
何がいい、って説明しづらいんですよこれ!!
もちろん組子萌えもありますよ、「何のために書けばいいんだ!」「俺のために書くのだ!」とか、突然の男役絡みとかね。
だがそういうアレを越えて、飛び越えて、演劇好きな人間の胸に、生田くん(作演出)からの矢文が!ぐっさりと!もう直線的にぐっさりと!!刺さるんですよ!!
(2回目観劇のち追記
で、ここから追記
この話、人生讃歌なんじゃないかと思ったわけです。
私が初めてきちんと観た宝塚が「Shall we ダンス?」だったんですけれどもね、これもまた平凡に生きているサラリーマンが少し日常から踏み出して、ダンスを始めるというまことに有名な話なわけですが、この話もまた、矢文がぐっさり胸に刺さった演目だったのですけれど、このときの感情と、今回のシェイクスピアはとても似ている。
それを端的に表しているのがラストの群舞とメインテーマだと思っていて、いろんな立場(貴族も庶民も誰もかれも)の人々が、同じ振付で踊り、主人公が人生は舞台と歌う。これは全ての人々を肯定して、包み込んでいるのだと思うわけです。
そんなわけで、今じゃオープニング後のロミオとジュリエット初演に沸き立つ人々を見ているだけで泣く体質になってしまいました…。たぶんこれ、ブルーレイを買う勢いですわ…
(後日談)
結局全部で5回見ました…オープニングのペストのところからもう泣く人間になりました、ええ。
眠らずに夢を見る、そのために酒・博打とならんで芝居もある、というくだりに気が付いて(おせえ)からそれすらも「うぼあ(泣く)」という頭のおかしい事態に。。。
結局ブルーレイ買って見ましたが、東京の方が(結婚前の)シェイクスピアの若さがもっと出てたり、パリス(アンへの求婚者)が可愛く小憎らしくなってたり、真風さんの「なあなあなあ!アイアンメイデンて知ってるか!?」の「なあ」の回数が増えてたり、いろいろ変更されてましたな。
まあ泣くんですけど、ちょうどクライマックスのあたりでうちの夫が昼ごはんのわかめラーメンずるずるすすり始めたので「ちょっと!日常が入り込みすぎてるんですけど!!」と心の中でラーメンすする音をミュートした次第。