同じボケでも

北杜夫のほうがボケとして面白い。「愛の流刑地」です。
(1日〜5日)
もう逃げ出したい菊治。秘め事を真昼間から聞かれるなんて。いやんもう、と腰を浮かしかける中、冬香の喘ぎ声。
「はっ、はっ」「だめだめ、だめだよ」「ねぇ…ねぇ…殺して…」
法廷、シーン。菊治もうだめ。なおもボイレコ再生はつづく。
「ねぇ…」「死にたいの?」「そう、このまま殺して…」げほげほ「いく、いくわよう…」
「いま、殺してといった…」「本当に、死んでもいいの?」「いいわ…」
「こうして絞めたけど、死んだら終わりだよ」「あなたと一緒なら、いいわ」「そんなことしたら、この世に戻れない」「わたし、戻りたくないわ…」「戻さないで…」
書記官がボイレコを操作している。その間も法廷は静まり返っている。

さすがに、重要な証拠物件といっても刺戟が強すぎたのか。菊治はそっと検事を窺うが、色白の秀でた顔は伏せたままである。

ここから逃げ出したい、と思っているわりに美人検事の反応は気になる様子。検事もウブじゃないんだから、こんくらいで頬を赤らめたりするはずもないと思うんですけど…それは読者が汚れてるせいですかね。
そうこうしてるまに書記官がボイレコを再生させる。「あなたとつながっていたいの…」「やめて…」「だめ…」「いい…」「凄い」冬香からの「首を絞めて…」で首を絞めている様子の菊治。
菊治は花火の夜のことをまざまざと思い出す。死ぬぅ…という冬香の言葉。

それでも死なないことはわかっている。そう思って、かまわず「死ね」とばかりに圧しつけた。

…死ねって思ってるじゃん…
ボイレコでは冬香のいくう…と殺してぇ…に菊治の荒い息づかいがまじり、「ごわっ」という音が漏れる。それが冬香の最後の声だった。
ボイレコの沈黙が続き、菊治が「終わったんだ」といおうとしたとき、菊治の声が洩れてくる。「ねぇ…」
「どうしたの…」「ふゆか、どうしたの…ふゆか…」「おい、起きてよ、起きて…」「どうして」そして音が途切れる。書記官は立ち上がり、ボイレコを手に取る。

それを見届けて北岡弁護士が告げる。
「以上で、録音は終わりです」
その声で、裁判官も検事も弁護士も長い夢から目覚めたように顔を上げ、次の瞬間、きいていたのを恥じるように目をそらす。

小さいことでナンですが、北岡弁護士は自分で「以上で終わり」と告げておきながら、その声で急に目が覚めたように顔を上げるんですか??何だそりゃ。
傍聴人が再度入廷し、審理が続けられる。帰った者もいず、当初と同様、傍聴席は満席である。
ボイレコについて、弁護士は菊治へ2,3質問をする。
「今のボイレコの声はあなたと被害者だよね?」
「はい」
「内容もあなたが録音したものだよね」
「はい」
「以上で終わります」
…終わりかよ!
検事も質問があるという。

「あなたがこのような質問をすることを思いついたのは、いつですか」
検事に見つめられて、菊治はどぎまぎしながら答える。
「たしか、五月頃かと…」
正しくは五月二十日の冬香の誕生日に、2人で箱根に行ったときだが、そこまでいう必要はないと思ってやめる。
「このような録音をしたのは、なぜですか」
「それはただ…」

男ならそういうことくらい思いつくけど、この検事はそんな遊びには無縁か、などといらぬ妄想の菊治。

「ただ、ちょっとしてみただけで…」
「そのことは、被害者もご存知でしたか」
「多分…」

そう答えると検事が薄笑いを浮かべたような気がする菊治。被害者は特に反対してなかったのですね、との質問に、菊治は「はい」と答える。検事はうなずいて質問を終える。
審理はこれで終わり、論告・弁論は年明けの6日と裁判長は告げ、閉廷。
つづく。
年初めはとりあえずボイレコ再生で費やされました。何かホントにだらだらと書いたんだなー、淳ちゃんは、と思える仕事始めでした。