仕事のせいにするな

菊治自身の問題だ。「愛の流刑地」です。
最愛の冬香がいないGW後半は菊治がもっとも暇な時期だ。どうやって過ごそうか考えていると、自分の周りには親しい友人がいないことに気づく。
中瀬や大学の講師仲間・森下といったある程度親しく話し、時折食事にいくような者はいるが、一緒に旅行をしたり深く語り合ったりする仲ではない。友達がいないのは自分が30代半ばにサラリーマンを辞め、個人家業に入ったからだと思う菊治。また、人間50も過ぎると友人との交流も少なくなり、心のよりどころを家族に求めたりするものだが、家族と別居している自分にとっては孤独であるのも仕方ない。その分自由であるから、それで菊治は満足している。
それはそうとこの休みに何をしようか。
「虚無と熱情」は書かねばならぬし、大学で教えている中世日本文学について調べ考察をまとめたいとも思うし、ゴルフもしたいし映画や芝居も見たい。
しかし結局やらぬのは、やる気がないからだ。このようなやる気のなさでいいのだろうか、と思いつつもこの半年は冬香に没頭してきた。逢っていないときでも冬香のことばかり考えていた。逢っているときはもちろんだ。

「怠けていたのではない、全身で愛に熱中していたのだ」
他人には理由にならないかもしれないが、それはそれなりに、菊治にとっては立派な理由である。

つづく。
つかどうでもいい。友達がいないのは仕事のせいでも年のせいでもなく、菊治が自分勝手だからじゃないの。全身で愛に熱中…熱中ね…サカってるだけっぽいけどね。経験豊富なフリして実はふぇらも初めてな55歳。ま、人のことをどうこう言える男じゃないってことは確かよね、菊治。常に偉そうだけど。