そんなエモーショナルな

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060904it07.htm
凍結精子で夫の死後出産、父子関係認知せず…最高裁(YOMIURI ONLINE)

このWebのニュースには載ってませんけども、讀賣新聞本紙社会面にはこんな記述が。

闘病生活を送っていた夫は亡くなる直前、「僕が死んだ後、再婚しないなら、僕の子を産んで、両親の面倒を見て欲しい」と言い残し、夫の両親も出産を応援してくれた。現在、夫の両親と共に家族として暮らしているが、戸籍上の父は空欄のままだ。「父のない子にしたくない」との思いで起した訴訟だった。

この訴訟の話題を聞いたときに、別に認知しなくとも問題はないのでは?(既に父親は亡くなっているわけで、相続の問題はないのでは?)と思っていたんですけれども、夫の両親がいらっしゃるのなら「代襲相続」という問題が出てくるわけで、そりゃ認知は必要だわなあと思った私は腹黒い人間かもしれません。
子供の権利を守るという意味では、この場合認知は欠かせないものだと思うのですよ。子供から見て、お父さんの代わりにおじいちゃんとおばあちゃんから相続する権利というのは本来あるべきものなわけですから、その権利を守ろうとするのは子供を思うなら当然のことでしょう。
しかしそんなことをおおっぴらにするのは少々よろしくないでしょうから「戸籍の父親の欄を空欄にしたくない」というエモーショナルな理由を出さざるを得ないんだと思うんですけど、エモーショナルすぎてちょっとなんだかなあとも思ってしまいます。讀賣新聞の記事も何だか「美しい話」風味にしたくてたまらない感じで書かれてまして、

今年7月、最高裁で開かれた弁論。女性は男児と共に法廷に立ち、「夫はこの子のたった一人の父親です。何の罪もない子から、父親を取り上げるような罰を与えないでください」と訴えた。(讀賣新聞社会面H18.9.5)

という記述もあったり。この裁判はそもそも「罰」とかそういう話じゃないんじゃ…
それだったら記事の最後に明治大学教授(家族法)のコメントにある「父だけではなく、父の親族との法律関係も生じないことになり、子の保護の観点が欠けている」が正しい指摘のような。(私のように腹黒く相続の話だけしてるわけではありませんしね)
何というか、新聞記事の持っていきたい方向がエモーショナルすぎてどうも何かひっかかってしまうのであります。