最低限の変化

菊治が生まれ変わりました!「愛の流刑地」です。
(11日)
千駄ヶ谷の自宅を出たのは正午過ぎ。菊治はタクシーで東京駅まで冬香を送る。のぞみで帰るという冬香。
新幹線の時間までお茶していると、冬香が夫と子供たちと合流するさまを思い落ち着かなくなる菊治。冬香はそ知らぬ顔で紅茶を啜っている。
家族連れが何組も傍を横切ってゆく。その姿を見ないようにして次の逢瀬について話す菊治。

「とにかく半月以内に京都にゆくよ」
「本当に、きてくださるのですか」

目を輝かせる冬香。
「ホームに出ると辛いから、ここで別れる」
と見送る菊治。

それを見送りながら、菊治はいま、ともに蓬莱の島で遊んだ夢の一夜が終わったことを実感する。

(12日)新章突入「風花」
冬香の東京に移り住むかもしれないという一言は、菊治の心に強く残った。
よりによって冬香との愛が深まったこの時期に東京に移ってくるなんて。夫は2人の仲を知っているのではないか、いやいや知っていたら社命にそむいてでも出てこないのではないか、はたまた対決するつもりで出てくるのではないか。心乱れる菊治である。
ともあれ、東京に出てくるというのであれば今までのように京都へ行く必要もなくなるし、もっと頻繁に逢えるようになるかもしれない。東京なら1,2時間あれば逢うこともできよう。まだ決まったわけではない、と自分に言い聞かせながらもうきうきする気持ちは止まらない。二日の初詣が効いたのだろうかとふと考えてしまう。
そんな中、冬香と次の京都行きを計画する。日にちは14日と決まる。メールで東京行きの話をさりげなく聞いてみるが、2月にならないと分からないらしい。

「早く14日になるといい。君のことを思うとじっとしていられないのです」
「わたしも、あなたのことを思うと、体がざわめくのです」

(13日)
今年初めての京都での逢瀬も、前回同様「のぞみ」で前泊だ。また7、8万円の出費だが、もうお金のことを考えるのはよす。何せあと1,2ヶ月のことかもしれないからだ。
冬香には新幹線からメールを入れてあるので、ホテルに着くとまずは風呂である。浴衣に着替えてビールを軽く飲み、そしてベッドに入る。
ふと、こんなことばかりしていていいのか、という思いが胸に湧く。冬香との恋にはむろん後悔などない。だが仕事はどうなるのだろうか。
週刊誌のアンカーマンや大学の時間講師は生活のため続けるとしても、肝心の小説についてはダメである。テーマすら決まらないのだ。昔は書きたいものがあふれ出てきたものだが、いまは書きたいものすら浮かんでこない。
本当に、どうするのだ、と自分に問い掛けてみる。このままでは、菊治がいい小説を書くものと信じて楽しみにしている冬香を裏切るようでもある。

今夜はともかく、東京に帰ったら考えよう。

つづく。
菊治が自ら風呂に!そしてお金のことを考えるのはやめるだなんて!とはいえ、あと1,2ヶ月の辛抱だ、という考え方はとても菊治らしいので、人はすぐそんなに変われるものではないのだよ…と淳ちゃんに教え諭されているようです。
それにしても、蓬莱の日々が終わったと思ったらもう逢瀬になってしまいました。淳ちゃんますます性交と性交の間が短くなっているような気がしますが大丈夫でしょうか。それとも今回の逢瀬では何もせずに帰るはめになったりするのでしょうか。小松久子さんの挿絵も含め、今後に注目です。(そうでもない)