中途半端

とりあえず昨日の分まで。「愛の流刑地」です。
(22日)

「また殺して、といった…」
「だから首を絞めてやった」

「そしたら冬香も絞めてきた」
「そう、あなたにも死んで欲しかったの」

「あのまま押し続けたら、死んだかもしれない」
「わたしも、死ぬかと思った…」

「死ぬほど、いいの?」
「そう、なにかふっと死の世界に飛び込めるような、そこから半分戻ってきて、まだ半分、あちらにいるような、その中途半端な感じが、すごおく、いいの」

「あんなことをしていると本当に死ぬよ」
「あなたに殺されるならいいわ」

殺さなかったことに冬香が「意気地なし」とつぶやく。
(23日)
意気地なし、と言われても、意気地のあるところを見せるわけにはいかない。2人でまたまどろむが、菊治は時間が気になりすぐ目がさめる。冬香はまだ起きたくないようでぐずぐずする。窓の外の芦ノ湖は本当にすぐ目の前である。生きていることを実感する。ほんの少し前に死ぬとか殺してとかいう状態にあったことが信じられない。観光船に見られてもいいと思いつつ、窓辺で接吻を交わす2人。
(24日)
布団は乱れに乱れている。冬香がそれをきれいに整え始める。菊治は手伝いつつ、昨夜しこんでいたレコーダーを回収する。もちろん冬香はレコーダーがしこまれていたことなど知る由もない。これがあればこの箱根での一夜をすぐに思い出すことができるのだ。
仲居さんが食事を運んでくる。冬香にご飯をついでもらおうと待っている菊治。用意をしている仲居さんにモーターボートの予約を頼む。冬香は「もう、終わるのね」とつぶやく。旅の終わりが近づいているのを菊治は感じる。
(25日)
朝食を終え、帰り支度を整える。2人きりで過ごすのはこれが最後なので、いつもより長く長く窓辺で接吻。
芦ノ湖へ向かい、モーターボートに乗る。自然の中で風に吹かれつつ、芦ノ湖を回る。
「気持ちがいいわ」と冬香。胸元には菊治プレゼンツのハイヒールペンダントが光っている。菊治が操縦者に湖の深さを尋ねると、約40メートルほどだという。

「ここで遭難した人はいますか」
「いますよ」

冬香の質問に、操縦者は答える。

「ここで沈んだら、遺体はほとんど出てきません」
「でてこない?」
「湖底に樹がそのまま残っているので、その枝に引っかかって、浮かばれないようです」

昨夜あんなに殺して殺してと言っていたのに、冬香は「怖いわ…」と菊治に寄り添う。
(26日)
ボートを降り、2人で写真を撮ってもらう。これまでは菊治の部屋で密会だったので、写真を撮ろうなど、考えたこともなかった。
その後は箱根園のベーカリーを訪ね、数種類のパンを購入する。その中には可愛い犬の形をしたパンもあり、冬香の母の顔を感じる。
カフェ・オ・レ(原文ママ)を飲むとすでに11時である。冬香は2時までには帰りたいと言っていたのでそろそろ潮時だ。
「そろそろ、行こうか」と菊治が促すと、冬香は黙ってうなずく。ホテルに戻り、タクシーで小田原駅に向かう。タクシーの中で2人は手を握り続けている。小田原からはロマンスカーの新宿行きに乗る。電車の中でふたりは言葉少なだ。
新百合ヶ丘に着き、冬香は降りてゆく。「ありがとうございました」降りる間際、冬香は菊治の顔をじっと見つめ、「わたし、今日のこと、忘れません」と言う。
つづく。
死ぬ死ぬ殺して殺して言ってるわりに、ちょっと遺体があがらないだけで怖いわ…ってどないや!冬香のほうがよっぽど怖いわ!