かすかな希望が見えてきた?

撤収の準備はできましたかー。「愛の流刑地」です。
(11日〜16日)
10年…とらわれたまま獄中で自由を奪われ、化石のようにいつづけるということだ。実感がわかず、ぽかんと他人事のように考えていると、裁判官が弁護人の弁論を促す。
北岡弁護士は嘱託殺人を主張。ボイレコでも明らかなように、被害者は何度も執拗に死を求めている。戻りたくないから殺して、は嘱託殺人の要件を満たしている、というのである。
さらに北岡は続ける。
被害者の死の直後の被告人のつぶやきは哀れで悲しい。殺そうとしてやったことではないから「ねぇ」とか「どうしたの」とか被害者に話しかけているのである。殺意がなかった証拠である。また、友人の証言から一途で真面目だからこういう事件を起したのだ。著書でも愛とエロスについて真正面から誠実に挑んでいたし、遺族に金銭的援助をしたいとも被告人は言っている…

瞬間、傍聴席のほうで、かすかな溜息が洩れたようである。

…何の溜息だ何の?
弁護士はとうとうとしゃべっている。
嘱託殺人罪のなかでも、深い愛情ゆえに生じた面を強く有しているといえる。また、これはきわめて稀な事件なので、今後この種の裁判に大きな影響を与えるということを考慮して、寛大な処分にしてください」と言った内容。…影響を与えるなら極刑にでもしとけよ。
そんなわけで弁護士の独り舞台は終わり、被告人である菊治が証言台へ促される。
言っておきたいことをどうぞ、と裁判官に言われ一言述べる菊治。

「被害者の遺族に、大変申し訳ないことをして、深くお詫びします…」

あとは適切な言葉が思い浮かばず、首を左右に振って引き下がるのみである。
これで審理は終わり、判決言い渡しが1月30日午前10時と定められる。
退廷時に傍聴席を見やると、何人かがこちらを見ていた。その中に中瀬がいたような気がしてつと目を伏せる。
最後に意見を聞かれたとき、もっとはっきり「違う!」と言うべきだった、と裁判所の廊下で思う菊治。
検事の言うように、単純で幼稚で判断力なくやってしまったわけじゃない。独善的で自己中心的だったわけでもない。理屈を越えて思わず絞めつけ、気づいたら冬香が死んでいた。ただそれだけだ。冬香に言われるまま、その一瞬だけ空白の世界にまぎれこんだのだ。
本当はそれが言いたかった。
でも言葉が出なくて、首を左右に振ることしかできなかった。

「馬鹿な奴…」

「なにを、呆や呆やしていたのだ」

今さら悔いても仕方ない。
太陽の光が差し込んでくる。菊治は自然の恵みを感じる。自由な者にも10年の求刑をされた者にも、等しく太陽の光はあふれている。掌で太陽光を受け止め、自分の顔を包み込んでみる。
そしてまた、独房で単調な生活がつづく。
心落着かず、大切なことを言い忘れたようである。後悔と忸怩たる思いが去来する。不安のあまり弁護士に相談してみる。

「どうなるのでしょう?」

弁護士は判決を待ちましょう、わかる人は分かってくれるはず、と頼りにならない。そもそも裁判官が分かってくれなかったら意味がないではないか。珍しく読者と同じツッコミをする菊治。「求刑より長くなったりします?」「いやー、ないと思うよ。つか、検事厳しすぎ。だいたい嘱託殺人の上限は7年なんだけどさ、その点を全然認めてない求刑だよねー。あ、遺族に謝罪したのはグッジョブだったさ」(注:砕けた表現にしてあります)

「とにかく、落着いて待ちましょう」

なんだか他人事のような弁護士の回答のため不安が消えない菊治。最悪なら10年は覚悟しなければならないということか。10年後は66歳である。想像もつかない先のことだ。そんな年になって釈放されて、何が残るというのだろう。想像するだけでもう発狂寸前菊治。
そんなこんなで1月中旬くらいから体調のすぐれない菊治である。めまいがし、30分も休めば落着くが、全身がふわふわと揺れている感じがする。耳もよく聞こえない。看守に番号で呼ばれても気づかず、怒鳴られたくらいである。

もっともその背景には、いつも人間扱いされず、番号で呼ばれることへの反撥が、ことさらに難聴を誘ったのかもしれないが。

とってつけの人権的発言キタ―――――。淳ちゃん、ムリすんなって。(と肩を叩く)
派遣医の診察によるとメニエール症候群だそうだ。神経質で几帳面なタイプ(誰が?)に多く、ストレスが原因ともいう。判決がもうすぐだということが負担になっているようだ。もう早く判決の日が来て欲しい。そうすればめまいも治るかもしれない。
菊治、自分の弱さに呆れる。今までは同年代には負けないと自負していたのに。

いや、弱くなったのは捕らわれてからだから、一箇所に閉じ込められ、自由を奪われるということは、これほど人間を苛むということなのか。

はい、またまたとってつけの人権派発言キタキタ――――。
判決の2日前、中瀬がまたやってきた。
また5万部増刷とのこと。あまり嬉しそうでない菊治を慰めるように、中瀬が言う。

「あの求刑は非道い。俺たちは全員、あんたの味方だからな。判決はもっともっと軽くなるよ」

…中瀬よ…「俺たち」って誰たち?新生社の人間か?儲かってウハウハですから、味方ですってか?あーん?
もう菊治は誰のことも信じられない。
判決の朝、菊治は手を洗う。今日は今冬最大の冷え込みらしい。沁み沁みと手を洗う。冷たさを感じる手が愛しく、懐かしい。

この手が冬香を愛撫し、あの細い首を絞めつけ、そして自分のものを握り…
手はすべてのことを知っていながら、無言である。

キモ。この期に及んで「自分のものを握り」とか言うな!
時間になり、護送車に乗せられる。外は小さな雪が舞っている。風花だ…京都で見たことを思い出す。冬香が自分を案じて舞い降りてきてくれたのだろうか…しかしすぐに消えてしまう。ああ、儚い。
最後こそは堂々と出て行こう、と決意する菊治。胸を張って被告人席に座る。

「それでは判決を言い渡します。被告人は前へ」

つづく。
嘱託殺人って、殺してと頼まれて殺そうと思って殺すわけで、それなのに「殺そうと思ってなかった」って主張はやっぱりおかしいなあ、と素人でも思うわけですが、美雪ちゃん検事は完全スルー、弁護士は相変わらず殺そうとしてないと力説しながらも嘱託殺人を主張という、そりゃ菊治じゃなくても「違う」と言いたくなりますでしょうよ、な流れでございます。北岡クン、いくら何でも適当すぎやしまいか?懲戒対象になるんじゃネーノ?
なんだか書いてる淳ちゃんもちょっとオカシクなってるみたいで(今に始まったことではございませんが)、「被告人は激しく異様と思われるほど何度も、『殺して欲しい』と訴えています。」(11日分より)とか書いちゃってるし、せめて一度は読み返そうよ淳ちゃん、とおじいちゃんの恥ずかしい作文を見つけてしまった孫のような気持です。だからって本当におじいちゃんが趣味の作文を書いているわけではなく、原稿料をもらって書いている連載小説での出来事なので、ちっとも優しい気持ちにはならないわけですけれども。
さて、判決言い渡しです。ようやく本当に終わってくれる…んですかねぇ?