適度なツッコミがないと、シフトチェンジできない

せいけんこうたい。脱官僚政治とか言ってるくせに、自分たちのことは温かく見守れとか政治家が言うな。漢字を間違っただけでアホみたいに叩いてたやつが言うことか。
それはさておき、どうでもいい話。
連立合意だー、入閣か?と喧しい頃、テレビのニュースで福島みずほの囲み取材が流れていた。自宅の玄関前らしきところで記者に囲まれるみずほ。矢継ぎ早に繰り出される質問に、みずほは人差し指を立て「う〜ん」と言いながら唇の下に押し当てた。
何だそのしぐさは!
何か見てはならぬものというか、見逃してはならぬものというか、とにかくインパクトの残る映像だったのである。その後は普通にてきぱきみずほは応えていたはずなのだが、何も覚えちゃいない。
なぜこの局面でそれなのか。今の理不尽な映像(失礼)は何なのか。
一日中このことばっかり考えていたらあることに思い至った。あの年代の女子の少ない学部で男子に囲まれてた女性って、ああいうしぐさを今もやっちゃう率が高いということに。しかも卒業後弁護士みたいなこれまた圧倒的男性多数職種に就くと、未だにやっちゃう率はさらに上がる。
ああいうしぐさは他にも「『テヘッ』と小首をかしげながら言う」「『もうやだー』と言いながら相手の肩を押す」などがある。
なぜか。
女子からのツッコミがないからである。
圧倒的多数の男子の中に少数の女子がいると可愛さの評価はゆるくなる。さすがに現代ではそう簡単にはいかないだろうが、何せ1970年代である。ちょっとのしぐさも男子の目には可愛く映るであろう。まして法学部である。多くは語るまい。何せ法学部である。2度言ってみた。
そうなるとですよ、「いやあそのしぐさはそろそろダメでしょ」といったツッコミをされる余地がなくなるのですよ。男子がそんなツッコミをすることはまず考えられない。そんなツッコミできる人は、圧倒的男子の中にいる女子に対して評価をゆるめたりせぬもの。そんなシフトチェンジを促してくれる適度なツッコミが許されるのは女子同士でしかありえない。(現代はまた別の話)たとえ女子同士であったとしても、自分も同じことをしていたら気づけませんから、「この学部内でなく、全体から見てどうか」という視点を持っている女子がいないとそのツッコミはできないのである。
適度なシフトチェンジがないまま卒業、そしてまた圧倒的多数の男性に囲まれて仕事。可愛さ冷凍保存。何かの拍子に瞬間解凍。解凍されてももう社会人、「いかがなものか」と真っ向から意見を述べる者もそうおりますまい。「あらあら」とスルーするのがせいぜいでしょう。
ただここまで力説しつつも、当人は別に可愛いと思ってやっているわけではないだろう。なにせ男女共同参画担当である。男らしさ女らしさといったジェンダーについて否である。
ようするに「浮かれている」、くだけた調子でおどけて見せているのだ。その“おどける”という表現にわざわざああいうしぐさを選んでしまうところが、いかにもあのタイプの女性、というかみずほなのだなあ。
※久々に書いてみて自分でもバカじゃないかと思った。